坂口安吾と大戦間モダニズム

笠井 潔

 しばしば語られるように、ヨーロッパの大戦間モダニズムは第一次大戦の産物である。最初の世界戦争は、一九世紀的な人間と社会の安定した構図に深刻な亀裂をもたらした。その文化的表現として、ダダイズム、表現主義、シュールレアリスム、フォルマリズムなどの前衛芸術運動が巻き起こる。
 一九二〇年代には日本でも、大戦間モダニズムに影響された文学運動や芸術運動が生じるが、その帰結は横光利一の『帰郷』に明らかだろう。当時の列強諸国としては例外的に、日本は第一次大戦という殺戮の嵐を体験していない。世界戦争の衝撃を欠いたまま日本に移植されたモダニズムは、第二の世界戦争に向かう過程で根本的な限界をさらけだすことになる。
 伝統や日本や民衆というシンボルに回帰していくモダニストを仮想敵として、「日本文化私観」は書かれている。第二次大戦直後の、「教祖の文学」の小林秀雄批判にいたるまで、そのスタンスはいささかも変化していない。大戦間モダニズムの精神と正面から遭遇しえた稀有な個性として、坂口安吾という作家を捉え返すことができる。

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