石川淳と坂口安吾―破壊する力、再生する力

重松恵美

 石川淳は、戦時下に反戦的な姿勢を貫いた作家といってよい。しかし、その反戦、あるいは反戦的ということの内実については、具体的に、様々な面から検討する必要があるだろう。
 例えば、戦争あるいは戦時体制を批判する石川が、一方で、戦争とは異なる形のある種の暴力を肯定していることは、注目すべき問題の一つかもしれない。それは、既成概念の破壊、秩序破壊の衝動ともいうべきものである。そしてそれは、革命的暴力を含むような社会制度の破壊だけを意味するのではない。倫理道徳など、人間の内面の秩序破壊を伴うところに特徴がある。
 では、石川の作品において、様々な破壊衝動はどのように描かれ語られているのか。
 本発表では、坂口安吾の作品を参照し、石川と坂口の共通項を探りながら、次の三点について考察を進めていきたい。
 第一点、石川「履霜」(一九三七年)、坂口「日本文化史観」(一九四二年)における宗教建築物の破壊について
 第二点、石川「夷齋雑談」(一九四九年)、坂口「堕落論」(一九四六年)における天皇制廃止論について
 第三点、作中女性の性の解放、作中男性の獣的暴力など、壊す力であり造る力でもある、永久革命装置としての根源的生命力について

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