「風博士」論――同時代コンテクストの掘り起こしを中心に――

山根 龍一

 今回の発表では、「風博士」(『青い馬』昭6・6)の含意する同時代コンテクストの掘り起こしを中心にした、作品論を試みたいと考えている。具体的には、「風博士」が発表された一九三一(昭和6)年という時代状況を踏まえ、花田俊典氏、小林真二氏をはじめとする先学の成果を積極的に取り入れつつ「風博士」本文に注釈をつける作業を行い、その上であらためて発表者独自の見解を提示する。そして、以上の注釈作業をテクストの構造分析に接続することで、「風博士」が或る批評性を内含した、同時代に開かれた小説であることを明らかにしたいと思う。
 管見によれば、「風博士」の批評性とは、同時代コンテクストの含意から措定されうる二項対立的枠組の解体―無化、ということにほかならない。安吾独自の方法論に基づくそれは、存在解体的立場をとる現代思想の主要動向(デリダ、ドゥルーズ=ガタリ)を或る意味で先取りしており、「風博士」の持つ思想性の優れて今日的な意義もここにある。また、テクスト分析の主な視座としては、―牧野信一の同時代評(「風博士」『文芸春秋』昭6・7)や安吾自身の後年の述懐(「二十七歳」『新潮』昭22・3)が示唆するところの―表現論(ないし文体論)の観点を採用し、そこから「風博士」の言述を再検討することとする。テクストに仕掛けられたことばの戦略が、如上の同時代状況に対する批評装置として機能していることにまで、最終的に結論を持って行くことができれば幸いである。

(この発表要旨は研究集会に先だって会員に配布されたものです。)

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