坂口安吾と黒田如水

原 卓史

 坂口安吾は、黒田如水を描いた「黒田如水」(「現代文学」一九四三・一二)、『二流の人』(九州書房 一九四七・一)、『二流の人』(思索社 一九四八・一)を発表している。安吾における如水の影響は、研究史上ほとんど顧みられることがなかった。その中で、浅子逸男氏は「坂口安吾の歴史小説――『二流の人』から、『信長』へ――」(「花園大学国文学論究」一九九〇・一〇)の中で、安吾が〈如水もの〉の執筆に先立って「『島原の乱』覚え書きノート」を作成していたことを明らかにしている。しかし、ノートが〈如水もの〉の執筆にどのように活かされたのか具体的な検討は行われていない。このノートを無視したまま、安吾に於ける如水の影響を論じるのは、危険なのではあるまいか。
 また、安吾がノートや〈如水もの〉を執筆するにあたってどのような文献を受容したのかも拙稿「吉川英治と坂口安吾」(「解釈と鑑賞」二〇〇一・一〇)で指摘しただけで、ほとんど手付かずの状態である。なぜなら、若槻忠信編『坂口安吾蔵書目録』(新津市文化振興財団 一九九八・八)に典拠らしき文献の名が見えず、また安吾自身による言及も無いことから、典拠の特定が困難だからである。とはいえ、全く手掛かりが無いわけではない。当時、安吾の知見の範囲内にあった如水関係資料として、貝原益軒『黒田家譜』(『益軒全集』第五巻 益軒全集刊行部 一九一一)、福本日南『黒田如水』(東亞堂書房 一九一一・五)、金子堅太郎『黒田如水伝』(博文館 一九一六・三)などを挙げられる。
 これら諸資料とノートや〈如水もの〉との比較検討を通じて、可能な限り典拠の特定を行うことから始めたい。出典を明らかにすることによって、戦中から戦後にかけて発表された当該作品群の生成過程を浮き彫りにすることを目指すとともに、安吾文学に於ける〈如水もの〉の位置を考察したい。さらに、同時代の歴史学言説や如水を扱った小説群――吉川英治、菊池寛、武者小路実篤など――を射程に入れることにより、同時代に於ける安吾の〈如水もの〉の位相を検討したい。

(この発表要旨は研究集会に先だって会員に配布されたものです。)

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