坂口安吾の古代史観―孝謙女帝と道鏡を中心に

鬼頭七美

 坂口安吾は、戦後まもなく「道鏡」(「改造」昭和二十二年一月)を発表した。それまで、道鏡が孝謙女帝に接近したのは道鏡が皇位を狙っていたからだと見なされてきたのを、安吾はこの作品によって、道鏡にはただ一途な愛情しかなく、皇位など狙う気持ちはなかったとし、孝謙の道鏡への愛情もまた尊敬の念に満ちていたとして、二人の性を肯定的に解放的に描き出した。戦時中、国を傾ける逆賊として忌避されてきた道鏡と孝謙は、この作品以降、純情な愛のもとに結ばれた二人として、好意的に受け止められるようになったと言われる。安吾によってイメージの転換を果たしたこの二人には、安吾の考える男女関係のあり方、すなわち「恋愛」志向が反映されていると言える。この「恋愛」志向とは、相互に相互の人間性の省察が要請されるものであり、ここに、安吾による人間性の復興(ルネサンス)が企図されていることが読み取れる。安吾はこののち、「安吾史譚 道鏡童子」(「オール読物」昭和二十七年二月)において、孝謙は「童貞童女」であったと、さらなる読み替えを行っており、この書き換えをも射程に入れた上で、安吾の古代史への眼差しに存する「近代性」を浮き彫りにしたい。

(この発表要旨は研究集会に先だって会員に配布されたものです。)

〈これまでの活動〉に戻る
inserted by FC2 system